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短歌を活ける・・・

現代挿花 2002年11月号

未生流中山文甫会の方々に
短歌からのイメージを
活けていただきました。
遊んでね













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化身の記憶
化身の記憶 (JUGEMレビュー »)
相沢 光恵
天界にあおく光るは緑の木
育つ丘ある星にてあらむ
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清少納言だいすき

ふゆはつとめて

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ホームページ「歌誌まがたま」
新しく歌誌「まがたま」のホームページを作りました。
http://magatama.ciao.jp/


ご意見、ご感想は qainonekoq@key.ocn.ne.jp へお願いします。
| お知らせ | 10:43 | comments(0) | - |
まがたま・14号
まがたま・14号
まがたま・14号ができました。
短歌・評論・エッセーを掲載。総ページ50。
ご希望の方はブログ左側のメールからご連絡ください。
| お知らせ | 11:27 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・61
 恥ずかしいと思っていた車椅子、病院ではなんのこともなく、
そこのけ、そこのけってわけにはいかないけど、少しうつむいて・・・。
 退院の手続きなどで外来待合室にいると、
「マツダさーん! マツダセイコさーん・・・」
 んん?お年寄りだった。
「フルヤさーん!フルヤイッコーさん」
 まさか?「ふるやいつこさんですね?」女性でした。
 
 つぎつぎに呼ばれる名前には思いがけない名前があって
 聞いているには楽しかった。
 それなのに、自分の名前を呼ばれたのには気がつかず、
 車椅子が動いて驚いたり、まだ、薬が残っているのではと
 心配されたり・・・。
 にやにやしているのまで薬のせいと思われたり、
 
 いたッ、段差の振動が、足のけがにひびいた。
| - | 13:15 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・60
 今年も、年賀状をいただいた。
 最高の年賀状は「・・・ご活躍をおにぎりいたします」
 きっと、このときお腹を空かせていたんだな。
 でも、困ります。活躍ほどのことはしてないけれど、
 少しばかりの可能性をおにぎりされたら、なにもなくなっちゃう。
 それとも、私のチャンスや幸せを握っているというのかな?
 な わけないな。
 笑ってしまうには恐れ入るお方、
 おにぎりはご辞退申し上げます。
| - | 08:59 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・59
 年賀状のあて名を書いている。
裏(?)はパソコンでマイ・オリジナルなのだけれど、壊れたパソコンが住所記録も道連れに討ち死してしまって、それにあまり多くもないし、宛名のお方のかかわりなどを想いながら、ぽちぽちと・・・。

 「椿 かおり」古い友人のひとり。旧姓は「狛田」。すぐにはだれも読めなくて、何と読むんだろう。中学に入ったとき聞き洩らしたのね。コマッタねと話していたら、なんと、コマダと呼ぶのであった。でも、みんな正しく呼ぶようなことをするわけはなかった。彼女は「コマッタ」と決まった。
 その名の通り、コマッタチャンにはいろいろと困らされた。

なかでも、宛名といえば、ボーイフレンド宛の封筒に、私宛の中身を入れて送ってしまったことがあった。私には、一度も貰ったことのないへんてこりんな言葉の、意味不明、身に覚えなし・・・。以下は省くけれど最後には、「狛田 かおりより」とあった。
 電話をかけると、彼女は飛んできた。
「どうしよう! アナタ(私のこと)宛のがカレへ行っちゃったよ〜。」
なんて書いたのとたずねると、期末テストの点数とか、両親のこととか、私たちの些細なことごとなどを言い連ねた。「ねえ、コマッタ、両親のことってさ、デートしたいから、私と一緒としておいてって書いたんでしょ」。と私は彼女を困らせた。
「また、コマッタって言う。一番言われたくないのに、あたったり前になってるんだもの。もう、いや〜」。泣き出した彼女を、泣き終わるまで眺めていた。
「アナタ、だれにもいわないでよ。カレのね、ツバキなの」
「ツバキ?つば、唾液、ぺっぺ、のアレ?」
「違う、意地悪、わかってるくせに。ツバキ、赤い花の咲く木よ」
「ああ、椿ね。首が落ちるって縁起の悪いヤツ。それがどうなの?」
「あ〜あ、なんて悪い子なの、アナタって。カレの苗字が椿っていうのよ。アタシ、かおりでしょ? 結婚したら『椿かおり』になるのよ。素敵でしょ。悔しいでしょうけど、そうなったら、コマッタなんて呼ばせないから・・・。」
「そういうこと。でも英語50点評価Cってカレにバレてるのよ。どうなるかなぁ?」
  
 振り返ってみたら、私たちは当時15歳。泣いて膨らんだ瞼と桃色の頬のかおりは美しかった。悔しいけれど大人に見えた。「椿かおりって、いいんじゃない。いいと思うよ」。罪ほろぼしのつもりで私はかおりに言った。
 まさかのまさか、二人は結婚した。コマッタかおりは望みどおり「椿かおり」になった。以来、毎年家族揃っての年賀状がやってくる。
 たまに会ったり、電話で話すと「あなたのおかげ」と必ず言われるけれど、その度に私は、そんなつもり無いけれど・・・。と口ごもる。あの時の手紙がどうなったのかも、まだ確かめてない。
| - | 10:30 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・58
 今年の夏の初めだった。
 近くの八百屋さんで買い物をしたら、「本日の特別プレゼント」とおおげさな言葉とともにつぼみのついた小さな鉢をもらった。
 見栄えも地味で「ベンケイ草」という名も花としては可哀そうに思えた。思いがけなくわがものとなった花である、枯らす訳にはいかない。リビングの出窓におき、水もやったり忘れたりの気まぐれ心にもかかわらず、ベンケイ草のつぼみは花になった。一輪だけではなくいくつかの花がかたまって赤く咲いたのをみると、可愛く思えている自分に気づいて、戸惑ったけれどそれはいやではなかった。
 肉厚の葉と小さな赤い花の集りのベンケイ草はエアコンの風にもめげず暑い夏の日々を咲き続けた。旅に出たり、夏負してしまったりで、放っておく日が多かったのに、花は咲いていて、おまけに茎から別の葉が伸び始め、秋になった。
 やがて、花の散った茎は枯れてきたので切り,横芽を残した。花は生まれないその芽は12月の今でも元気で、青々とした10センチあまりの姿を窓辺に置いている。最後まで見届けるであろう花の終ったベンケイ草は、その名を裏切らない強さをもっている。
 
| - | 09:44 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・57
 ここ数年のあいだに、靴のヒールがだんだん低くなってしまった。
 とうとう、改まった席にも高いヒールが無理になってしまい、12月から新年にかけての集まりや招待がおっくうになってしまった。
 怪我やら、持病やら、理由はいろいろあるけれど、それを言いたくない気持ちもある。
まあ、寄る年波と早く言えるようにすれば、楽になるよ。といわれても、年齢のイメージは実年齢より若いところにあるから、むずかしい。
 出かけるには、現実との折り合いが必要である。たかが靴、されど、靴。
 ようやく、ハレの席へ臆せずに行ける靴をみつけた。外国には、背の高すぎるため、低いかかとの靴を選ぶ人が多く、デザインも日本に比べると多いらしい。出費はともかく、お気に入りの一足が手に入ったことで心は穏やかになった。
 この気分、永久不滅ではないけれど・・・。
| - | 11:42 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・56
 るる子の祖父母の家は、ノートのような暦で毎日が始まった。
年頭の若水を汲むことから、お雑煮の作り方、三が日の訪問者への対応、七草がゆ、何にも理由が付いていて、それに従った暮らしがずっと続いているのだそうだ。

12月の下旬、冬休みに父と一緒に訪れると、翌日から暮れの行事が待っていた。
 例の暦にはご先祖様の忌日が控えてあり、菩提寺の住職さんがその名をむにゃむにゃと呼びあげ、お経を唱えて、今年もご無事に終わることは何よりですとあいさつをして、衣をひらひらさせて、紙包みをふところに納めて帰って行った。
 その日の午後には、大きなブリが届いて、「跡取り」という声があちこちからかけられた父が、ひれを斬りお参りすると、出入りの魚屋さんがさばいていくのだった。近所の人達も集まって、外で火を焚き大きなお鍋をかけてぶりの骨やアラ、野菜をいれた。ころあいをみて、魚屋さんが味見をして「できた!」と大声を出すとにわかにさざめきだした。
 ご飯や煮物、ぶりのあら汁、何種類ものつけもの、駄菓子。一升瓶ごと行き交うお酒、
宴会は夕方まで続いた。「おひらき〜」の掛け声とともに立ち上がった人々は、大きなテーブル2面の上を手際よく片つけ、子どもたちは周りを掃き掃除して帰って行った。
 次の日は、角松やしめ縄づくりの人たちが集まり、その次の日は大勢での餅つきとなった。
 祖父はこのようなとき、顔を出して「ごくろうさん」というだけで引っ込んだ。祖母は、家の中で仕上がってきた紺染めの法被を何着も調べたり、手ぬぐい、新しい下駄、雪駄、地下足袋などをそれぞれ組み合わせ、名札をつけたり、お年玉袋を作ったりしていて、外の様子が気になるるる子を引き止めていた。そういう決まりですの一言に逆らえなかった。そのうちの、るる子の仕事になるのだから、よ〜くみて覚えるようにと言われた。

 大みそかの前日は、魚屋さんが練り物や、焼き物など、お節料理の材料を届けに来て、近所のおばさん達がお料理も併せて、いくつものお重箱へきれいに詰めていた。おじさんたちは、大きな石臼で餅つきをしたり、しめ縄を張り廻った。なぜかあった山の神の祠や、お稲荷さん、犬の小屋にもそれぞれ張った。
 大みそかの夜は、お歳とりのお膳(ブリの塩焼き、イワシの丸干し。こんにゃくやレンコン、その他根菜類の煮しめ、あとはわすれた)それから、お節の重も開けられた。これは、元旦から人が大勢年賀にきて、家族がゆっくりできなくなるためであった。
そのあと、柿を食べ、栗を剥き、紅白歌合戦と同じころ終わりとなった。
 昭和30年代の記憶のきれぎれを綴ってみた。地方の農家の集落の中心的な家の習慣が保たれていた最後のころではなかったか。
 やがて、るる子の祖父が逝き、父もその数年後になくなった。
 刀自の祖母は90歳の天寿を全うした。そのころは、もう、スーパーへ自動車で買い物に行く時代となっていた。

| - | 10:02 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・55
 
 逢いたい人ばかり浮かんでくる日がある。昨日がその日であった。
 朝、歯を磨いていると、犬歯(左上)が疼いた。
 逢いたくないけど逢わなきゃならない人として、痛くないですよという歯医者さん。
 先月ケアをさぼってしまったせいかも。

 何度も電話をして、つながらなかった高校以来の友人が、亡くなっていた。それを知ったのは、12月早々に届いた喪中欠礼のはがきであった。あれから5年経った。生前の留守電のテープを今も消さないで残してはあるけれど、本体の機器はすでに買え変えてしまっている。「ねえ、どこいってんの?逢いたいよ〜。でんわちょうだい。また、かけるね」かけなおした電話は無言だった。何度も何度もプッシュしたんだけど・・・。
____この電話はただいま使われておりません。_____ 逢いたい。とても。

 筆が立つ。言が立つ。パソコンからは息が伝わってくるような人がいる。すでに中年の域であろうその女性に会いたい。毎日の朝の挨拶は「お気に入り」の一番上の彼女のブログを開くこと。シャープな彼女の言葉に圧倒されつつ、読者以上になれないでいる。
 かつて、閨秀○○なんてことばがあったけれど(フルーイ)さしずめ電脳華人かな?
逢いたい。ゆっくりと、彼女の文学論、時評などなどお聞かせいただきたいと、常々思っているのである。が・・・・。

 逢いたいと逢いたくないのうらおもて。
 じっくりと年を重ねてきてしまった。だから逢わない。逢えない。逢うことはない。
 改めてまで逢う気力体力はないけれど、ときどきふっと思い出す。
 片思い留年のままの歳月はともに同じだけ過ぎているのに、逢わなくなってからの時間は飛んでしまっているから、心の中ではブロンズ像となっている。

| - | 07:46 | comments(0) | - |
背筋伸ばして・54
 
 先日、近くの食事処へ気の置けない何人かと集まることがありランチをした。話して食べて、ほっと一息のとき、篭に山盛りのみかんが出てきた。
 代わる代わる伸ばした手のなかに探るような、確かめるような動きをしたものがあって、その手の持ち主の日頃にふさわしくないと思った。
 その彼女はいつもみんなの先に立ちながら、気配りのできる人である。その日も、お茶の手配をしたり、座布団を揃えたのは彼女であった。玄関でみんなを迎えて、やってきた人の脱いだまま行ってしまった履物を片つけたり、遅れてきた当日の当番の人をさりげなくサポートする。まるで、食事処の従業員のような、いやそれ以上の働きであった。
 そんな彼女にどれだけか助けてもらってきたことか。はじめは、そのことも気がつかなかったけれど・・・。
 
 「これ美味しいよ。皮も上手く剥けるし」。
彼女の手からいきなりみかんが渡された。「あたしの?」
「そうよ。何のんびりしてんのよ。一緒に食べよう」。すでに彼女は自分のみかんを剥き始めていた。お行儀悪いと思ったことが恥ずかしくなった。
「あたしのを探してくれてたの」。「見てたの?上出来。はずれたら悔しいからね」。
彼女は見る間に皮を剥き終わって、それを私のみかんと交換すると、あっという間に皮をむいて白い筋も取らずに房を口に入れた。
 せかされて私もみかんを口にした。「美味しいでしょ。甘いでしょ。違ってないでしょ?これだけ柔らかな皮なら、あんただって剥けるだろうけど」彼女の問いかけに、首を立てに振っていた私だったけれど、ようやくひと房呑み込んで「美味しいよ。アリガト」。と言えた。彼女は私の指が不自由なのを知っていて、おやっと思うような手付きで私のみかんを選んでくれたのだ。
 ああっ!またやってもらってるの〜。みかんぐらい自分でむかなきゃあと別の声がした。いいのいいの。好きでやったりやられたりなんだから。と彼女。わいわいがやがやがしばらく続いて静かになったとき私は彼女に言った。
「みかんって、ひとりで食べるより、みんなで食べる方が美味しいね」。
皮剥くのめんどくさいんでしょ。と彼女は笑ったけれど、みかんの皮を剥けない理由を知られているだけにもう一度、アリガトといった。

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